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多陀寺縁起

 ★本 尊: 十一面観世音菩薩(秘仏・年一度初午祭にてご開扉)

 ★開 創・ 開山: 流世上人(大同元年春・806年)

 ★開 基: 清廟国司(石見国司)

 ★ご詠歌: ただたのめ だいひのちかい ふかければ よきもあしきも いかでもらさん

 ★文化財: 木造天部像群(59躰中27躰が県指定文化財)

       大桧木(樹齢1100年)・大楠木(樹齢1000年)・シイ、タブ林・・浜田市天然記念物

 

 

 開山の流世上人は、弘法大師の相弟子で、共に遣唐使船で唐に渡り、恵果阿闍梨より密法の直伝を受けるが、空海より二年早く、大同元年春に日本に帰朝した。

 帰国した流世上人は帰朝の途、石州のこの地に、唐より持ち帰った御丈一寸八分の、閻浮檀金の観音様を本尊として安置し、真言密教の道場とした。そして三密(身密・口密・心密)の加持祈祷を修して、遠近の人々を救済され、霊験あらたかな観音妙智の光に信仰する人もしだいに多くなる。

 大同三年、観音堂の後ろなる桧木の大木の梢に、不思議なる金色の光を、海上より漁人が見つけた。流世上人は、その大樹のもとに仏壇を飾り、灯明をささげて祈精すると、梢よりカラス三羽が、奇妙な鳴き声を発し飛び降りた。カラスの飛び降りた梢から、三本の白幣が降り下った。流世上人は、そのカラスが権現の使いであると悟り、白幣を取り奉り、一心に権現の勧請を祈った。

 翌日辰の刻、遥か遠くの空より、「我、地蔵菩薩なり、権現と一緒に汝が後を慕いてここまで来たが、権現はこの山に留まると言うので、自れはこれより熊野山に赴く。権現と我とは、元々同仏なり」と発せられ、白雲棚引く東の空に飛び行かれた。流世上人は、涙を流し歓喜され、其所に社を建立され、所願成就神として祀られ今日に至る。

 

 

 

 

 多陀寺(ただじ)とは珍しい寺号ですが、「多陀」の意味は、古代インドのサンスクリット語(梵語)にある、「tathagata」(タターガタ)の漢音写で、完全に覚りきられた仏である『如来』を意味します。                    
 全国にお寺はたくさんありますが、多陀寺と言うお寺は唯一当山だけです。